Revolutionary Wealth

P505iS0008519782富の未来」を読み返しているという話を書いたが、元がどういう記述になっているか気になり、原書を買った。

この本、絶賛の評価がある一方で、読みようによっては、小学校の社会科で出てくる「第1次産業(農業)・第2次産業(工業、建築など)からこれからは無形の第3次産業。最先端は無償サービスで、具体的にはこんな事象が起きてるでしょ(2005年に第4次産業という概念も既出)。」だという当たり前のことを危機感煽って言ってるだけとか、1980年にトフラーが出版した「第3の波」を検証している以上のものではないという意地悪な見方はできる。。また、海外の書評でも「タイトルを"In praise of Volunteerism"にすべきだ」とか、反進化論(インテリジェントデザイン派)や環境保護活動家に厳しい見方をしていることから「偏っている」と批判されているようだ。

個々のトピックスの扱いは1ページから数ページと短く、誰もが頷く事例を簡単に紹介し、深く掘り下げるわけでもなく次のトピックスへと移ってゆく。そういう訳で読み易いことは確かなのだけど、個々の記述に内容の深さを求める人は物足りなさが残るだろう。フリードマンの「フラット化する世界」の方がしっくりくるという人もいる。

それでも僕が気に入ってこの本を読み返している理由を考えてみた。それは「俯瞰のし易さ」だと思える。これを読むとWeb2.0も教育の崩壊も労働組合の破綻も内部統制対応も起こるべくして起こっていることがわかる。トフラーは「第3の波」を書いただけあって、「うねり」のようなものを感じさせるのが上手いのかもしれない。ハワイのノースショアの動画を見ていると、大波に飲まれて砕ける人、うまくやり過ごす人、全く影響を受けない人などがいるが、その瞬間までわからないわけではない。「ああ、あのサーファーはうまく波をやり過ごすな」とか「あの位置にいると波に飲み込まれるな」とかスローモーションを見ているように「予測」できるはずだ。あの感じ。そして暴力的な波がそこいらのものを押し流してしまう様子が、既得権が幅を利かせる現代への厭世感と重なって気持ちいいと感じるのかもしれない。勿論、不安も混じっているけど。



いくつか印象に残ったフレーズを挙げておく。
  • 老人が尊敬されていたのは過去ではなく、未来を知っていたから
    the old were respected not, as we are so often told, because they knew the past but because they knew the future
  • アメリカ経済の7分の1が天候リスク
    one seventh of the entire $10 trillion economy in 2001 was subject to weather risk
  • いまはようやく生き残れるだけの極貧の生活をしている数十億人が世界的な情報経済に短期間に組み込まれたとき、生産性にどのような変化が起こりえるかを経済専門家の多くはおそらく理解していない
    Finally, perhaps, they are missing teh potential productivity impact of bringing several billion people who are currently living at subsistence quickly into the world information economy
  • 経済はもっとも深い水準で、数十億の親が行う報酬のない生産消費活動に決定的に依存している
    at the deepest level, production is life-and-death dependent on the unpaid exerions of billions of parent prosumers
  • 知識のすべてに結局のところ、賞味期限がある。ある時点で、知識は古くなり、「死知識」とでも呼べるものになる。
    every chunk of knowledge has a limited shelf life. At some point it becoms obsolete knowledge - what might more appropriately be called "obsoledge"
  • 危機というのはみる人の目にあるともいえるし、自己利益のために劇的な変化を要求する人が意図的に使う言葉にすぎない
    Crisis, it may be said, is in the eye of teh beholder - or in the rthetroric of self-interested parties demanding dramatic change
  • やせ衰え、年齢以上に老けた両親の肉体労働に頼るのではなく、子供の頭脳の力に頼る地域に変えていくのである
    regions no longer dependent on the muscle power of the emaciated. old-before-thier-time parents but on the brainpowerof their children
OLPC(CM1)をずっと追いかけているのも、なんとなく自分の中でつじつまが合う。何度か紹介している、Julius Caesar(カエサル)の「libenter homines id quod volunt credunt (Men willingly believe what they wish)」を裏付けているというか、超えられないとも言えるけど(汗)。

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