市場の反応を考える

昨日の続きだが、Enterprise向けGoogleアプリ発表の後、Google Financeで市場の反応を見てみた。株価は冷静な動きというか、意外にも前日に比べやや下げているくらいだ。下げ幅はMicrosoftの方が少しだけ大きいのだけどね。

次のようなキツいタイトルの記事はまあ予想範囲。「こんなすごいもん作っちゃってくれて、いらねーんじゃね?」という脊髄反射系の内容だ。
With Google Apps Premier Edition, Who Needs Microsoft?:
The software-as-a-service notion took a big step forward today with Google's announcement of its online productivity software. Such hosted solutions--available anywhere there's an Internet connection--are exactly what the mobile enterprise needs.
株価はそうではない。何故か?昨日、僕は「ベンチャーや中小企業は狂喜乱舞」と書いたが「大企業」とは書かなかった。それは
  • 使い勝手で、まだデスクトップOfficeに対し改善の余地がある。つまり様子見的要素
  • 上場企業に要求されるSOX法の呪縛は、このレベルではまだ解くことができない
という理由からだ。これはWeb2.0に足りないものという別記事で挙げた2つのことと内容的にはイコールである。オフライン対応と(検索可能な)暗号化格納。暗号化はSOX法を迫られる上場企業(およびその連結子会社)にとってはほとんど必須に近い。「SOX法ってそんな大事なのか?」という問いは、 5分で分かるわけないでしょに書いた通り。狭義には法律を守るためなんだけど、やってる人は「社会的会社を存続させる」、つまり自らのためにやっているのだ。J-SOXになると罰則がユルいとか第3者による評価が義務付けられないので、対処療法的なことで済まよう(やり過ごそう)という動きもあるが、本質をわかっている経営者はSOX法だろうがJSOXだろうが同じだと考えている(不二家叩きは単なるマスメディアの視聴率稼ぎなので、ちょっと次元が違う)。

昨日、似たようなことを書いている記事を見つけた。
Google Faces Long Campaign to Win Enterprise Customers:
The main barrier to adoption of online application services in this era of the Sarbanes-Oxley Act and government-mandated compliance with data integrity and security regulation is that enterprises simply can't afford to have their data managed off-site by a third party.

Data stored on Google's servers isn't encrypted, and it can't offer any iron-clad guarantee that the data won't be compromised by an external hacker or an internal administrator. This is a difficult but not insoluble problem that SAAS companies will have to fix before large enterprises will buy into it.
この記事では他に「スィッチングコスト」を挙げている。大企業では右向け右みたいにはならないからだ。さらに挙げるなら、RBAC(Role Base Access Control)や承認行為に必要なWorkFlowなど足りないものはまだある。

とはいえ、Webアプリは改善効果がすぐに全ユーザーに行き渡るし、中長期的には第3者にデータをゆだねることの是非も含め、上記の問題は時間が解決してゆくだろう。また、Office Liveの戦略次第だが、中小企業やベンチャーにとっては「With Google Apps Premier Edition, Who Needs Microsoft?」であることはその通りだと思う。

だから僕はあくまで「Google買い」なのだ。

*追記*
内部統制という言葉をよく出すので、誤解を招かないように言っておくと、社会的生き物としてのモノの見方はさらに高度な概念の下ではどーでもよいことである。我々は生かされている。動であれ植であれ生命を食って生きている。BSE騒ぎや不二家のような件を見るにつけ、「社会的認知・企業価値・安全・安心・お行儀良い振る舞い」のための犠牲と謙虚さのバランス感覚は重要だと思う。