勝者の混迷 - 某アメリカ企業の物語

これも公開しようかどうか迷って書き溜めていたのですが、昨夜、100ドルPCのことを書いたので、やや関係あるなということで、ついでにアップ。

New York Timesが、先月下旬に、MicrosoftがVista出荷を2007年初めに遅らせたことについて、彼らの抱えた運命について、AppleのOS Xと比較しつつ、最後はハーバード・ビジネス・スクールのYoffieの言葉を引用しながら、嘆き、その影響を受ける消費者を哀れんでいます。
Windows Is So Slow, but Why? - New York Times:
That ballast is also Microsoft's great strength, and a reason industry partners and computer users stick with Windows, even if its size and strategy slow innovation. Unless Microsoft can pick up the pace, "consumers may simply end up with a more and more inferior operating system over time, which is sad," said Mr. Yoffie of the Harvard Business School.
最終的には「互換性を犠牲にできた」「CMUのマイクロカーネルカーネルMachを採用したNEXTSTEP/OPENSTEPを流用できた」「企業向けと言うより個人向けが主体」のApple Macintoshとは異なり、Windowsはそうはいかない。互換性を犠牲にすることは許されず、この負荷は途方もなく大きく、故に消費者は時間をかけて劣ったOSを待たねばならないのは悲しい、と締めくくっています。こういう論調は過去にもありました。それでもMicrosoftの優位は動かなかった。記事の表題は「Windowsってとっても遅い。でもなんで?」とややセンセーショナルですが、まあ気に留める人はあんまり居ないでしょう。

この記事には重要なことが書かれていません。このブログで過去何度か書いているように、SOX法に代表される内部統制は上場企業は必須です。特に大きい企業であればあるほど、一流の企業であればあるほど圧力は大きい。罰金とかもすごいですからね。システム開発の現場に居る人にはピンと来ないかもしれないですが、経営レベルでは無視できない話です。アメリカは元々が性悪説の国なので、対応費用がかかりすぎると言われつつもクリアはしてきています。もちろん、Googleも。
Audit Results Move Google a Step Closer to Offering:
Google has cleared one of the last remaining hurdles in its closely watched effort to sell shares to the public, people close to the company said Monday, receiving a clean bill of health in a company-paid audit certifying its compliance with the requirements of the Sarbanes-Oxley law approved by Congress in 2002 in response to the wave of corporate scandals.

日本版SOX法は2008年とか2009年春とか言われてますがこれからです。どういう状況かというのはそのスジの情報をあたってもらえばすぐにわかることなので、ここでは詳しくは触れませんが、内部統制モデルとしてCOSO(Committee of Sponsoring Organizations of Treadway Commission)フレームワークというのがあって、IT統制という領域が含まれています。さらに日本版SOX法では金融庁の草案レベルでIT統制がさらにクローズアップされることになりました。つまり、個人利用のPCはどうでもいいんですが、「企業向けのPCを取り巻く環境が激変しつつある」ということが重要です。ある人がPCを使って1人でなんでもできてしまうと非常に問題となります。必ずチェックなり承認というプロセスを経なければならないし、証跡も残さなければならない。サーバーから落としたデータでEXCELマクロ使って損益計算書作りましたぜ、なんて今後は絶対ダメなんです。ここで、不正を回避する・検知するための担保として、ビジネスプロセスごとアウトソースしてリスクを外出しするか、EUC(昔懐かしEnd User Computing)やPCローカルプログラム実行のない世界、つまり昔のダム端末の世界に向かうだろうというのが容易に考えつきます。前者は別の議論(Why companies rushing to outsource their IT may be making a mistake - Membox.comとか)になるので、ちょっと置いておくとして、後者は今ならWebアプリかMetaframeといったシン・クライアント(Thin Client)の世界です。

で、ここから本論なのですが、あることに気がつきます。PCでの処理はWebブラウザやMetaFrameの類で今以上にとって代わられてゆくでしょう。Web2.0全体にとっては吹いて欲しくない逆風なのかもしれないが、少なくともAjaxには追い風になると僕は考えています。さて、Microsoftは何のための互換性を維持しようと苦しんでいるのでしょう? 例えば、MetaframeならEXCELもAccessもサーバーで実行する形態になります。画面変化の差分圧縮とキーボード・マウス入力だけがネットワークを行き来するだけです。では、Device Driver? それならば、VMWareのような仮想OSで短期的に逃げて、Web化或いはThin Client化までの時間稼ぎをすることは可能です。いずれにせよ、これからは企業内では高機能のPCは現場に要らないと言われる確率が高くなると思うわけです。昨日書いた100ドルPCの話とは別の意味で。

Microsoftにとっては企業ユーザーのために互換性を犠牲にできない、Appleのように身軽になれない、と言いながらも、一方で高機能OSは企業ユースでは不要になってゆく。特にライセンスが千或いは万単位で売れる大企業ほど...。そうでない企業もあります。非上場の企業は連結対象で無い限りは、或いは重要な取引先からプレッシャーを与えられない限りは、内部統制への対応を先延ばししても困ることはないでしょう。故に高機能OSを買う企業は存在し続けます。両方のニーズがある。ここにジレンマがあるとは考えるわけです。本来ならMicrosoftは今後は「互換性については」Windows Serverに特化しても構わないはずです。AeroもWinFXもクライアントのWebアプリでは不要だし、Metaframe+デスクトップアプリとしても、Aeroの凝ったGUIは企業利用では要らないでしょう。

昨年10月のOzzyメモに単を発して、MicrosoftはOffice Liveのようなサービスへのシフトを明確に打ち出しましたが、前述の問題に関する「ねじれ」はまだ解消されてはいません。彼らは苦しんでいるのだけど、それを楽にする術は企業におけるPC利用や互換性にこだわる限り、無いように思われます。さらに、Bill Gatesにとっては、企業利用の範疇であってもPC(或いはその亜流)からダム端みたいな世界への逆戻りは恐らく自己否定そのものです。では、個人利用はどうか?簡単なことです。資産と言ってもデータが主だろうし、Appleと同じようにすればよい。到達すべき目標のために必要と判断すれば互換性は切り捨てる。そうすればAppleが言うように、ざっと350人のプログラマーと100人以下のTesterで事足りるのです。

ところで、この英文記事を読んだとき、浮かんだ一節があります。
勝者の混迷 - ローマ人の物語 III:
いかなる強大国といえども、長期にわたって安泰でありつづけることはできない。国外には敵をもたなくなっても、国内に敵をもつようになる。
 外からの敵は寄せ付けない頑健そのものの肉体でも、身体の内部の疾患に、肉体の成長に従いていけなかったがゆえの内臓疾患に、苦しまされることがあるのと似ている。
これはリヴィウス(Livius Titus)の"The History of Rome"においてカルタゴ(Carthage, 現チュニジア)のハンニバル(Hannibal)が、スキピオ・アフリカヌス(Scipio Africanus)に敗れてローマ軍の軍門に下った後予言した、と塩野七生さんの本で紹介されているものです(原文をProject GutenBergにおける英文訳で該当箇所を探したけど読解力の問題で見つからず(泣))。

旧制ローマは最終的には滅びましたが、幾度かの滅亡の危機をファビウス(Fabius)、スキピオ・アフリカヌス、グラックス兄弟(Gracchi)、カエサル(Caesar, シーザー)、アウグストゥス(Augustus)などの人材によって乗り越えています。しかし、MicrosoftにはBill Gatesの代わりは居ません。もしも彼が「今後は企業向けもLiveサービスを中心とし、ユーザー資産の互換性はサーバーでのみ考える」と大英断(?)を下したなら、Microsoftは内臓疾患を克服して本来のスピードを取り戻すでしょうか。

ここまでの話があまりブログなどでネタにならないのは、栗原潔さんが書かれている「監査とITの間の言葉のギャップ」みたいな別の溝があるせいでしょうか。或いは問題を検討している人々が異なった層に居るせいもあるかも、と思う次第です。

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